日常のありふれたモノの中に、社会文化的に重要な意味が見出されることがある。たとえば「椅子」。パイプ椅子のような無機質な大量生産の工業製品もあるが、多くの家庭や飲食店などのインテリアでは、木製で温かみのある、クラフト(手づくり)感のある椅子が好まれるのではないか。
本書では、機械化による大量生産の時代にも、椅子をはじめとする木製家具製造で小規模なクラフツ(工藝)生産が、生産を減らしつつも命脈を保っている理由に迫る。椅子のクラフツ生産は、労働集約的で非効率であり、機械生産に比べると「完璧」なものを作るのは難しい。だが、そもそもクラフト生産された椅子には「社交活動を促進する」などの社会的な機能があり、人々から求められているようだ。こうした社会文化との関わりを考えることは、ものづくりの将来に大切な示唆を与えてくれるのではないか。著者は、放送大学経済学教授。社会経済学、産業・消費社会論、クラフツ文化経済論を専門とする。著書に『貨幣・勤労・代理人 経済文明論』(左右社)など。